仏教はなぜ分かれたのか――十八部派をめぐる四つの問い
部派仏教の探究を、時間と因果、無我と行為の連続、仏陀観、悟りへの道という四つの問いからたどります。
一本の木から、いくつもの枝が伸びています。枝の向きは違っても、幹をたどれば同じ根につながっています。仏教の歴史に現れる部派も、まずはそのように眺めてみるとよいかもしれません。なぜ分かれたのかを問う前に、それぞれが何を真剣に考えようとしたのか。その問いに耳を傾けてみたいのです。
仏教には、上座部と大衆部への分裂をはじめ、さまざまな部派が生まれました。十八部と伝えられますが、数え方や系譜は文献によって異なります。分裂の時期や原因についても、ひとつの説明にまとめることはできません。戒律を守る人々と、時代に合わせたい人々が争った。それだけで歴史の全体が分かるわけではないのです。
部派の分化を、ただ教えが衰えた出来事と見るのも、十分ではないでしょう。縁起や無我、苦とその終わりを説く四聖諦。同じ教えを受け継いでも、修行の中で突き当たる疑問は一つではありませんでした。ここでは部派名を順に覚える代わりに、その探究を四つの問いから見ていきます。
第一の問い――過去と未来、行為と結果
最初は、過去と未来はどのように存在するのか、という問いです。
昨日いただいた食事は、もう目の前にはありません。それでも、食べたことの影響は今の体に及んでいます。記憶も残っています。この身近な例だけで教理を説明し切ることはできませんが、過ぎ去った出来事と、現在に及ぶ影響とは、区別して考えられそうです。
修行者にとって、この問題は業と深く関わります。業とは、意思に基づく行為のことです。過去の行為がすでに滅しているのなら、どうして後になって結果を生むのでしょうか。行為がなくなったというだけで因果まで途切れるなら、修行を重ねる意味も説明しにくくなります。
説一切有部は、この難問に、過去・現在・未来の三世にわたって法が実在するという立場から向き合いました。三世実有と呼ばれる考え方です。ここでいう法は、日常で使う法律という意味ではありません。心や体、私たちの経験を分析するときの要素を指します。
ただし、昨日の食事が、そっくりそのままどこかに残っているという話ではありません。有部は、法が存在することと、現在に働きを現すことを分けて考えました。過去も未来も現在と同じように活動している、と言っているのではないのです。変化する経験を細かく分析しながら、因果が成立する根拠を探ろうとした。その試みとして受け止める必要があります。
これに対して、『倶舎論』などに伝えられる経量部の立場では、過去はすでに滅し、未来はまだ生じていないと考えます。存在するのは現在の法である。では、失われた過去は、どう未来の結果につながるのでしょうか。
そこで手がかりになるのが、種子という考え方です。行為の影響が、移り変わる心身の流れの中に、結果を生む可能性として受け継がれていく。条件がそろえば、その可能性が働きを現す。種子という言葉は、そのあり方を表しています。
心の奥に、小さな粒がしまわれていると想像すると、かえって分からなくなります。変わらない魂が行為を保管しているのでもありません。大切なのは、前の状態が次の状態に影響しながら、流れが続くという点です。過去の法も実在すると見る説明と、現在へ受け継がれる力に注目する説明。同じ因果の問題に、異なる道から近づいたのです。
この種子をめぐる議論は、後の唯識思想における種子や阿頼耶識の議論とも接点を持ちます。ただし、完成した一つの理論が、そのまま引き渡されたわけではありません。後の人々は、受け継いだ問いを、さらに別の仕方で考え直していきました。
この違いを考える時には、答えの響きだけで選ばないことも大切です。すべてが存在すると聞けば、変わらないものへの安心を求めたくなるかもしれません。現在だけが存在すると聞けば、過去はもう関係ないと思いたくなるかもしれません。しかし、どちらも、ここで扱われている議論から離れてしまいます。何を存在と呼び、何を作用と呼ぶのか。まず、その区別を丁寧に確かめる必要があります。
第二の問い――無我と行為のつながり
第二の問いは、無我であるなら、行為とその結果は誰につながるのか、という問題です。
仏教は、私たちの中に永遠不変の自己があるとは説きません。しかし、それを、昨日の自分と今日の自分には何の関わりもない、という意味に受け取ると困ります。人を傷つけた行為も、心を整える努力も、そのたびに完全に切れてしまうことになるからです。無我を説きながら、業と輪廻、そして修行の連続をどう説明するか。ここに難しさがありました。
犢子部と、その系統の正量部が論じたのが、補特伽羅です。この教説では、補特伽羅は五蘊と同一とも、五蘊を離れた別のものとも言えないとされました。五蘊とは、身体や感覚、心の働きなど、私たちを成り立たせるものを分けて捉えた枠組みです。
この説明を聞いて、魂に別の名前を付けただけではないか、と感じる方もいるでしょう。実際、他の部派からは、無我の教えに反するのではないかという批判を受けました。一方、この立場も、永遠に変わらない霊魂をそのまま認めようとしたものとして片づけることはできません。
五蘊と同じだと言えば、移り変わる要素をまとめただけで十分なのではないか。五蘊から独立していると言えば、固定した自己を立てることにならないか。その間で、行為をなし、結果を受け、道を歩むつながりを、どうにか語ろうとしたのです。
この問いは、遠い昔の論争にとどまりません。自分は変われると考えることと、過去の行為を引き受けることは、両立するのでしょうか。変わらない本体がなければ責任もなくなる、ということではない。無我は、因果の断絶や、何も意味がないという見方を勧める教えではありません。部派間の意見は分かれても、この困難を避けずに考えたことに、学ぶべきものがあります。
第三の問い――仏陀をどのように仰ぐのか
第三は、仏陀をどのような存在として仰ぐのか、という問いです。
人間として生き、悟りを開いた仏陀に目を向けるなら、老い、病み、身体の制約を受けながらも、苦から離れる道を明らかにしたことが重く響きます。同じように衰えを免れない私たちにも、その歩みは切実な意味を持ちます。
一方、大衆部の一部に伝えられる仏陀観では、仏陀の超世間的なあり方が重視されました。仏の言葉には究極的な意味があり、一つの音声によって一切の教えを説く。そうした理解が語られます。これは、仏陀の働きを、普通の人間の能力の範囲だけには収めない見方です。
どちらの理解にも、仏陀の悟りをどう受け止めるかという問いがあります。伝えられた言葉を慎重に守ることと、その言葉が開く意味をさらに探ること。その間に緊張が生まれるのも、自然なことでしょう。ただし、ある部派はすべて保守的で、別の部派はすべて革新的だったと、色分けすることはできません。大衆部の仏陀観から大乗仏教が一直線に生まれた、とまとめるのも慎む必要があります。
第四の問い――修行の段階と理解の瞬間
第四は、悟りへの道は段階を踏むのか、それとも決定的な理解は一瞬に起こるのか、という問いです。
預流、一来、不還、阿羅漢。修行の進展を示す四つの段階が説かれています。煩悩を離れる道を、どこまで進んだのか。その違いを見定める枠組みです。しかし、段階があることと、ある理解が決定的な瞬間に生じることとは、必ずしも矛盾しません。
長く暗い部屋にいて、明かりをともす準備を続けるとします。灯りを得るためには多くの手間がかかっても、部屋が明るくなるのは、明かりがともった時です。この例えだけで悟りを定義することはできません。それでも、準備にかかる時間と、見えるようになる瞬間とを分けて考える手がかりにはなります。
繰り返し心を観察し、執着に気づく。その積み重ねと、見方が根底から変わることとは、どのような関係にあるのか。部派の修道論は、そうした問題を精密に考えました。四つの段階を認める立場を、悟りの瞬間性を否定する立場と、そのまま同じにすることはできないのです。
後の禅にも、長く修めることと、決定的に悟ることの関係をめぐる問いが現れます。神秀と慧能の偈をめぐる伝承は、心を磨く修行と、執着の根を見抜く理解との関係を考える素材となってきました。ただし、これは後代の伝承を通して語られる話です。インドの部派の議論と同じ教説として扱ったり、直接の系譜だと決めたりすることはできません。時代を隔てても、修行者が似た難問に向き合ったことに、目を向けたいのです。
修行の歩みを振り返る時にも、同じ慎重さが必要でしょう。時間をかけたのだから必ず理解したはずだ、と決めることはできません。また、一度深く納得したから、その後の修習はもう要らないと考えるのも早計です。積み重ねと転換の関係を問うことは、自分が今どのように教えに向き合っているかを、確かめることにもつながります。
教理を学ぶことと執着を緩めること
ここまでの四つの問いには、共通するところがあります。受け継いだ教えを大切にするからこそ、分からないところを、そのままにはしておけないということです。
教えを守るとは、ただ同じ言葉を繰り返すことでしょうか。意味を確かめ、他の教えとの関係を整理し、疑問に答えようとすれば、そこには解釈が生まれます。伝承の厳密さを重んじる人々も、阿毘達磨という教理の分析と体系化を進めました。保存する営みの内側にも、新たな思索があったのです。
『倶舎論』に伝えられる、説一切有部の法を七十五に分類した体系は、その精密さを示す一例です。漠然と私の心、私の体と言っているものを、細かく見直す。その作業には、固定した自己への思い込みを問い直す手がかりもあります。部派の分析を、役に立たない言葉遊びとして片づけるべきではないでしょう。
けれども、分類を覚えることだけが目的になれば、道具の使い方は変わってしまいます。怒りが生じた時、分類の名前をすぐ言えることと、その怒りがどんな条件で起こり、どう変化するかを観察できることは、同じではありません。知識が増えても、自分の見解への執着が強まることはあり得ます。
教理は、何を見るための道具なのでしょうか。苦が生まれる条件を知り、その条件への執着を緩めるためだったはずです。言葉の精密さを尊びながら、その言葉を用いる目的を見失わない。この姿勢が、部派の議論を今読む私たちにも求められます。
こうした問いと分析の蓄積は、後に龍樹の中観思想や、無著・世親らの唯識思想が展開する重要な背景となりました。後代の思想家たちは、先人の答えを受け入れるばかりではありません。批判し、組み替え、問い直しながら、探究を続けたのです。部派仏教は、後の思想に至るまでの単なる寄り道ではありませんでした。
相手の結論の前に、その問いを聞く
意見が異なる時、相手の結論を退ける前に、その人が解こうとしている問題を確かめる。部派の歴史を読むことは、そうした聞き方を学ぶ機会でもあります。
私たちが知りたいのは、どの枝が勝ったかということだけではありません。それぞれの枝が、どんな問いに向かって伸びたのか。そして、その答えが、苦から離れる歩みをどう助けるのかということです。
補特伽羅の教説を、皆さんはどう受け止めるでしょうか。無我の理解を弱める危うさを感じるでしょうか。それとも、因果の連続を説明しようとする困難な試みを見るでしょうか。すぐに賛否を決めず、その教説を必要とした問いに、しばらくとどまってみてください。
教えを学ぶ時、知識が増えることと、執着がほどけることは、どう結びつくのでしょうか。四つの問いのうち、今のあなたの歩みに最も深く関わるのは、どの問いでしょうか。